善悪の彼岸

ノリと勢いでフランスに来たエンジニアがフランスでの生活について書くブログ。週2更新(なるべく)。

AIが発達して行く世界ではもう一度アリストテレス的な人材が求められる

近年、技術発展に伴って専門職がどんどん細分化され、新しい職種もドンドン生まれている。最近だとAIの登場によりAIに頼むプロンプトを設計するプロンプトエンジニアという職種も誕生している。今私が学んでいるデザイン界隈でもUXデザイナー、UXリサーチャー、サービスデザイン、プロダクトマネージャー、デザイン倫理の監督者など、最早何が違うのかよくわからない。

 

授業で習ったデザインに関する職種の一部

 

AIによって分化した専門性がもう一度集約していく

このような分業化が今後もさらに進んでいくか?と聞かれれば私は違う気がしている。むしろ昔のように職業が分化する前の状態になるのでは?と考えている。というのもAIが発達してきているからである。AIを使えば開発の専門知識を持っている人がデザインもできるし、デザインの専門知識を持っている人が開発もできる。そういう事例はどんどん出てきているし、今後も増えていくだろう。個人の能力がAIによって増強されて、一人の人間が見れる範囲が広がるということは分化ではなく集約である。

 

 

昔は複数分野にまたがって仕事をすることは普通だった

そもそもホワイトカラーと呼ばれる職種ができて、専門が分化してきたのは割と最近のことで、大昔はそうではなかったらしい。例えばアリストテレスは自然科学、哲学、政治学、文化、芸術に至るまで多くの分野で重要な仕事を成し遂げている。ダヴィンチやアイザック・ニュートンもそうである。そうやって個人が複数の分野の視点を持ち、仕事を進めていくことがAIによって加速すると思う。

 

真の意味でのエンジニアが求められる

私はエンジニアだが、そもそもエンジニアとは、誰かの困りごとやこういうことがあったらいいなということを技術を使って解決する職業なはずだ。それが科学技術の発展によって複雑化し、専門に応じて役割が分断され、企画を考える人、デザインをする人、開発をする人、製造をする人、お客さんに届ける人と別れていったのだと思う。それがまた一つにまとまり、誰か困っている人のところに行って、自分の知識や経験を使って物事を解決するというシンプルな職業という本質に立ち返るのだとすればそれはそれでワクワクする話である。

 

以前、電機メーカーで働いていたときに同僚が設計した機械を中国のお客さん先に設置しに行った時、装置のメンテナンス性が悪く、装置に手を入れた時に手を切ってしまったことがあった。メンテナンス中に怪我をする可能性があるのはまずいため、帰国した際に設計者に文句をいうと俺の責任じゃないと言われてしまい、それに対して自分の設計に責任持てよと私はかなり怒ってしまった。彼は事務所内で設計するだけで客先に行ったことがなかったためそういう言葉が出たのだと思う。こういう設計をする人とお客さんに会いに行く人が分業されているために、設計側の想像力が働かず、現場で問題が起きるという場面はとても多かった。今後はAIの力を借りて、お客さん先に行って、問題を自分の目で見て、高速で設計、実装して解決するという流れを一人の人間がやるのかもしれない。しかしそんなことは電気工事屋さんや建設現場で働く方々等ブルーカラーと呼ばれる人たちが当たり前に昔からやってきたことであり、そういう本来のエンジニアの姿にホワイトカラーも回帰していくんだろうなと思う。

 

越境人材が求められるのでは

だからこそ、今までよりも広い分野を一人でできるようになる必要がある。複数のドメインを越境して多分野の知識を持ち、AIを使いながら統合的に問題を解決していく人材が必要だ。私が、元々エンジニアなのに現在デザインを学んでいるのもそういう人材になりたいからである。時々なんでソフトウェアエンジニアリングのキャリアからデザインに変えようとしているの?と聞かれることがあるが個人的にはキャリアを選び直そうとしているわけではなく、デザイン的な視点持ったエンジニアになりたいから今学んでいるし、そんなに筋が悪い選択ではないと思っている。まあ実際にそういう人間が労働市場で評価されるのかはわからないし私が今1番不安なポイントだが...