善悪の彼岸

ノリと勢いでフランスに来たエンジニアがフランスでの生活について書くブログ。週2更新(なるべく)。

本当に日本と比べて欧州の生産性が高いのかよく分からなくなってきた

フランスの大学院に来て半年が経過したが、いくつかの授業でフランス人とグループワークをしてみて感じたことがある。よく一般に言われる日本の労働生産性が低いという話は本当なのか・・・?ということである。実はそんなに変わらないんじゃねと言いたい。

 

可能性を切り捨ててすぐに次に行くヨーロッパ的なやりかた

ゲームを開発する、デザイン思考を使ってプロトタイプを作る、等のグループワークをフランス人や他の国からの留学生とやってきた。その中で思うのが、何かを作るのにキッチリとフェーズが決まっているということだ。来週までにインタビューを終わらせろ、来週までにプロトタイプを作れ、来週までに◯◯について調べてこい等々。コース全体がおよそ4か月なのでその中で各フェーズにかける時間が決められている。また、判断も早い。他人の意見で納得できない部分があれば即意見を言う文化なので、各メンバーが作ってきたものや考えてきたことを基にどんどん物事が決まっていく。例え、その時点で考えが不足していたり、調査が不十分だったとしてもその中で結論を出し、次に進む。なので、何かアウトプットを出すという意味での生産性は確かに高い。

 

短期的に見れば確かにモノはできるが...

しかし、切り捨てが早い、判断が速いということは、可能性を早期に狭めているということである。特にどんな物を作るか?どんな事をテーマにするか?を決める事が、その後のアウトプットの意味や良し悪しに直結するわけで、浅い考えからは浅いものしか出てこない。

なので、まぁこういうテーマでやってるんだから、こういう結論になるな、確かに、うんうん、といった感じで中身が予測できるものが多い。まさかこんな手があったとは!みたいな驚きは少ない。端的にあんまり面白くない。真に新しいものは生まれにくい気がする。しかし、別に面白くない=悪いものではないし、アイデアがつまんなくてもやる価値がある問題はいくらでもある。

 

イノベーションは起きるのか・・・?

話は少しズレるが、現在、どうやってフランスでイノベーションを起こすか?という授業を受けている。そこで習うのもどうやってイノベーションを起こすための普遍的なモデルを作るか?どうそのようなモデルを活用するか?ということがテーマの中心である。すなわち、あるモデルに沿った行動を行えば、イノベーションを起こせるという前提に立っている。本当にそうなのか?世の中のイノベーションは何かのモデルに沿って行動した結果、生み出されたものなんだろうか?もっと偶発的なものなのでは?何か方向性が間違っている気がする。とにかくあらゆる不確定な事象をとりあえずモデルにして、再現性があるものにしようというモチベーションがとても高い。

 

論理的に導き出せる解を作り上げるのは上手いが、、、

フェーズで区切って物事を進めようとすると、全体的に60~80点みたいな出来になりやすい気がする。この視点はなかった!一本取られた!これは新しい!という解は生まれずらい。なぜならそういう物は発想の段階や、実装の段階で悩み抜き、やり直したり方向性を変えたりしながら紆余曲折あって生み出されることが多いと思うからだ。そういう、長く考えて考えて、悩み抜いて濃いアウトプットを一発ボンと出すのは日本の方が多い気がする。

 

生産性を測るのにどのスパンで切取るか?な気がする。

単位時間当たりにどれくらいの量の「成果物」を出せるか?というのを生産性と呼ぶならば確かに西欧的なやり方は生産性が高い。けどその成果物が独創的か、新しいか?歴史的に意味を残すか?というところまでを含めて生産性であると考えると、微妙な気がする。例えば進撃の巨人を生み出した諌山先生は小学生のころから漠然と進撃の巨人のストーリーを考えていたという。そういうガッツリ時間をかけてインパクトを生むやり方は西欧的にフェーズと時間を区切ったアプローチからは生まれづらい。

しかし、日本の会社は盲目に西欧的なやり方を真似している事が多い。以前の会社で新規事業の部門にいたときも、西欧的にフェーズと期限を区切り、深く考えないまま、モノを作った結果盛大にコケて金と時間を浪費するというパターンを多く見た。

短期的な成果を測る西洋の真似をせず、長期的な目線でのんびり成果を待つほうが日本的な文化には合っている気がする。